『チャーチル テレフォンボックス缶』

※この物語はフィクションです。

 今日もまた、いじめられた。
 理由はわかっていて、それは僕がイギリス人だからだ。
 両親の転勤で僕はこの日本にやって来た。最初はとてもわくわくしていた。
 もちろん全く不安がなかったのかと聞かれれば、そんなことはないのだけれど、それよりも新しい環境に飛び込むという高揚感の方が優っていた。
 小学校への転校初日。
 担任の先生に入ってきてー、と言われて教室のドアを開けた瞬間、クスクスという笑い声が教室を支配した。
 僕は笑うということに対してプラスのイメージしか持っていなかったから、喜ばれているのだと思って嬉しくなった。
 けれどもそれが僕を馬鹿にするものだと知るまでに、そこまで時間はかからなかった。
 あれから一ヶ月の今日。 僕はいつも通り一人で家路につく。
 初めて登校したときはキラキラに見えたこの道も今では暗く淀んで見えた。
 みんなを笑顔にするはずの太陽がその日差しでチクチクと僕の肌を焦がし、太陽までもが僕をいじめているみたいで、この世界には僕の居場所なんてないのではないかという気になってくる。
 僕は悔しくて自分の髪の毛を強く引っ張った。いっそこの金色の髪さえなければ、もう少しマシだったのではないだろうか?
 誰かと違うということを極端に嫌う日本人は、それゆえに異端者を弾く。
 残念なことに集団というのは悪者がいれば団結するものだ。
 だから、わかりやすい異質を持つ僕をその悪者に選んだんだ。
 ぶちぶちと数本の髪の毛が抜けたところで、やっぱり僕は力を抜いてしまった。
 この髪の毛だって両親が僕にくれたものなのだから大切にしなければならないと思った。
 自分で自分の体を傷つけるなんて言語道断だ。
 二度とそんなことするなよと僕に戒めるかのように頭の皮膚がヒリヒリとして痛かった。
 やがて僕はやり場のない怒りとか、悲しみとか、嫉みとか、そういった感情をぶちまけるように力の限り走り出した。
 大人っぽいと思って背伸びして付けた子供用のネクタイが激しく揺れて、まるで今の僕のぐちゃくちゃにかき回されている心情を代弁しているかのようだった。
 学校から家までの道なんて大した距離ではないからすぐに家の前に着いた。
 この先には僕がこの日本で唯一安らげる場所が待っている。
 一秒でも早くここに駆け込みたい。
 そういったはやる気持ちに身を任せ、僕はインターホンに手を伸ばして、直前でその手を止めた。
 今、この涙でぐちゃぐちゃになった顔でお母さんに会ったらどうなるか。
 それはもう心配も迷惑もかけるに違いなかった。
 唯一僕が安らげる場所を作ってくれているお母さんにそんなものを与えたくはなかった。
 僕のお母さんは非常に心配症で、尚且つ身体が弱い。
 まだイギリスにいた頃に、木登りしていたら誤って落ちてしまったことがある。
 結果的に言えばちょっとした骨折で済んだのだけれど、落ちたということを電話で聞いたお母さんは、心配のあまり病院に向かうどころか自分が病院に運ばれる事態に陥った。
 で、あるならだ。
 もしも僕が学校でいじめられている、なんて知られてしまったらどうなるかは想像に難くない。
 だからせめてもう少し時間を置いて、まだ見せられる顔になってから出直そう。
 僕はランドセルから木にゴムを括り付けて作ったパチンコと玉を取り出してお尻のポケットに突っ込み、それ以外のものは玄関の前にそっと置いて踵を返し、走り出した。
 僕のネクタイは全てを諦めたかのように静かだった。
 走った。無我夢中で走った。
 自分の心臓が家に紐で縛られているかのように、家から離れれば離れるほどに、キュウっと心臓が締め付けられるような気がした。
 それでも立ち止まることも振り返ることもしなかった。それをしていたらきっと僕は楽になれただろう。自分の甘さに負けて、家へと引き返していただろう。
 でも、だからこそ、それがわかっていたからこそ、僕は前だけを見て走り続けた。
 こんなちっぽけでしょうもない意地すら無くしてしまったら、僕はこの先きっと立ち上がることなんてできないと、そう思ったから。
 気がつけば僕はいつもの空き地に来ていた。
 ここは僕がこの町で2つある好きな場所のうちの1つだ。
 嫌なことがあれば何度もここに足を運んだから、きっと無意識でも僕はここに辿り着いてしまうのだろう。
 ここは学校の近くにある公園とは違って遊具もなにもないし、鬼ごっこやボール遊びができるほどに広いわけでもないから誰も寄り付くことがない。
 それが、日本に来てから誰も寄り付いてこない今の僕とそっくりで、だから僕はこの場所が好きだった。
 僕は、どうせ誰も使わないからとその辺にポイ捨てされている空き缶やペットボトルを集めた。
 それらを積み重ねてタワーのようにした。
 ヒュン、コロコロコロ、タッタッタッ。
 僕は持ってきていたパチンコでそのタワーを崩そうと、何度も何度も撃っては玉を拾ってを繰り返した。
 しかし玉は、タワーに掠りもしない。
 この前読んだマンガに、「できるまでやったら、できた」という言葉を言っている主人公がいた。
 それはとても当たり前なことだけれど、だからこそ難しい。
 どんな苦難でも乗り越えていくその主人公に真底憧れていた。
 だから僕もできるまでやろうと、何度も、何度も、挑戦した。
 もしこのタワーを崩すことに成功すれば、僕の心に抱える闇も壊すことができるような気がした。
 次で当たる、そう思ってからもう何発撃っただろうか。
 百を超えてから、僕はもう数えることを辞めていた。
 でも何発かかろうとも諦めようとは思わなかった。
 しかし、現実は無常だった。
 ようやく初めてタワーに掠って、あともう少しで倒れそうだって思って、もう一度力いっぱいに玉を引いた瞬間。
 バチン。
 それはパチンコのゴムが切れる音であると同時に僕の心の糸が切れる音でもあった。
 僕はその場で膝をつき、ボロボロと涙をこぼした。
 せっかく涙が乾いて、お母さんに顔見せできるくらいになったというのにこれでは台無しだ。
 だから涙を止めたいと、そう思うけれど、そう強く思うほどに、涙はとめどなく溢れてくる。
 何もかもが上手くいかない。
 こんな本当に小さな目標すらも達成することのできない自分に嫌気が差す。
 僕はもう、うんざりして玉を思い切り放り投げた。
 そのときだった。
 ワン! ワンワン!
 詳しくないので犬種はわからないけれどとにかく可愛らしい犬が、元気に吠えながらその玉を追いかけていった。
「ポピー、待ちなさい!」
 それは僕と同じ歳くらいの、僕と同じ色のクセがある髪を大きくて赤いリボンで2つに束ねた、青いドレスのような服が良く似合う女の子だった。
 ポピーと呼ばれた犬は、ハッハッハっとボール遊びをせがむように僕のところまでやってきた。
 そしてそれに遅れて女の子もやってくる。
「ごめんなさいね、ウチのポピーが……ってあなた、泣いてるの!?」
 僕は初対面の相手に泣き顔が見られるのが恥ずかしくて急いで涙を拭いた。
「泣いて、ないよ」
 バレバレの嘘に女の子は、ふん、と鼻を鳴らす。呆れられたと、そう思った。
「なんで泣いてるのか、私にはさっぱりわからないけど、」
 女の子はしゃがみこんで手に持っていたペットキャリーを地面に置き、青い宝石のような瞳でへたりこんでいる僕の顔を覗いた。
「これから、私と目一杯遊んで、楽しい思い出でそれを上書きしましょう」
 そのときの彼女の笑顔は空に浮かぶ太陽よりも明るく、絶望の淵に立たされていた僕を照らすのには充分すぎるほどだった。
 こんな何もかもを諦めそうになった僕にもまだ希望があるんだと、そう思わせてくれるような希望の光だった。
 きっとこの笑顔を僕は生涯忘れることはないだろうとそう思った。
「僕と……遊んでくれるの?」
 日本に来てからそんなことを言われたことがなくて、それが本当なのかどうか簡単に信じることができなかった。
「Why, of course. I’m English person too(当たり前でしょ。私もイギリス人よ)」
 僕は、自分がイギリス人だから虐められているなんて一言も言っていないのに、彼女はそんな僕の悩みを全てわかっているかのように、僕を肯定してくれた。
 もしかしたら彼女も同じ悩みを抱えている、もしくは抱えていたのかもしれない。
「ああ、もう、泣かないの!」
 僕は嬉しくて、嬉しくてたまらなくて再び涙がこぼれてしまう。
 いつも泣くときは悲しいときだったから、こんなにも心が温かくなるような涙があるのだということを僕はこの時に初めて知った。
「ごめん、ごめんね」
「もう! 謝らなくていいから、早速遊びましょう! と言いたいところだけど」
 女の子は両手を合わせる。
「ちょっとママに電話してからにしていい? すぐに帰るつもりだったから遅くなるって」
「も、もちろんだよ。電話ってもしかして……」
「ここに近くにある電話ボックスでするよ。まだケータイ持ってないからね」
 それは、僕がこの町で2つある好きな場所のうちもう1つの場所だ。
 なぜかってそこは……。
「あ! ここ、ここ。じゃあ、私は電話してくるね。ポピーもちょっと待っててね」
 彼女は、電話ボックスに入った。彼女にとって受話器は少し高い位置にあるので、ペットキャリーを踏み台にして、それでも届かずに背伸びをしていた。
 そう、この電話ボックスはイギリスにもあった赤い電話ボックスで、だからこそ僕はこの場所が大好きだった。
 僕は電話ボックスに寄りかかる。
 彼女の電話する声が後ろから聞こえる。
 冷静に考えればこれからデートするみたいなシチュエーションで、僕は自分の頬が赤くなるのを感じる。
 僕は手持無沙汰になった手をポケットに突っ込んで、彼女の電話が終わるのをソワソワしながら待っていた。
 そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
 電話ボックスから出てきたらまず名前を聞こう。
 さっきまで鬱陶しいと思っていた太陽は、今は雲に隠れている。
 でも僕の心には新しい太陽が生まれたから何の問題もなかった。

〈男の子と女の子と電話ボックス〉

〈ポピー〉

〈パチンコとペットキャリー〉

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